「37度5分。ようやく下がったわね」
安心したように体温計を確認したのは、綾子。
「まったく、電話で突然『死にそう』なんて言うだけ言って切るなんて。
アタシの気持ちも考えてみなさい。心臓が止まるかと思ったわ」
ぺちっと軽くあたしのおでこを叩いて綾子は緩く微笑む。
「ごめんね綾子。迷惑かけて。でもほんと助かったー」
あたしが布団を目深にかぶってそう言うと、いつでも頼りなさいと、頼もしい返事がかえってきた。
「この分なら明日にはもう大丈夫かもしれないわね。おかゆ、作ってあげるから」
綾子は軽くあたしの頭に手を置いてから、席を立つ。
優しいな、綾子。

昨日、あのあと嵐の中をどう帰ったのか、なんだか頭の中がぐしゃぐしゃではっきりとは覚えていないんだけど。
明け方部屋で目が覚めてみると、死にそうなくらい体が寒くてどうしようもなかった。
でもなにより、心細さに押しつぶされそうだったっていうのが本当かもしれない。
気がつくと綾子に電話をしていて、綾子はすぐに駆けつけてくれた。

「でも偶然にしちゃあタイミングよすぎるわよね。二人して同じ日に風邪引くなんて」
台所に立った綾子が、トントンと器用に包丁を使いながら呆れた様子でそういった。
「え?二人って?」
あたしが返すと綾子は振り向いてああそっか、とつぶやく。
「そりゃ知らないわよね、ナルも今日オフィスで倒れたのよ」
あたしは言葉を失った。

「ま、ナルの場合は過労もあったみたいだけどね」
「それで!?ナルは大丈夫なの?」
驚いて布団から出ようとすると、綾子が慌てて大丈夫よ、と答えた。
「そんなに酷くはないからって、今は誰の忠告も聞かず結局所長室にこもりっきりよ。
まあ、熱自体は高くなかったみたいだけど」
確かに、あの時のナルはすごく体調が悪そうだった。
おまけにいつもの倍くらい機嫌も悪くて。

だけど、ちょっと待って。
なんで、風邪?
もしかしてあの後、追いかけてくれたのかな。
そう思った瞬間、心の中で言い表せないくらいの感動と嬉しさがこみ上げてきて。
でもそのすぐあと、胸を突き刺す罪悪感に苛まれた。
あたし、あんなにナルが具合悪そうだったのに、一方的に思いを告げて、泣いて。
最低なことをしちゃったんじゃないだろうか。


「謝りに行かなくちゃ・・・」
小さな呟きに綾子はえ?と不思議そうに小首をかしげる。
するりと布団から這い出て、綾子の制止も聞かずにあたしは着替えをタンスから出そうとした。
でも、その手を、綾子が掴んだ。
「こらこら、待ちなさい麻衣!あんた病人なのよ!?」
ね?と顔を覗き込んで、あたしの手をやんわりと握る綾子はとても優しい顔だった。

だけど。
このままの状態で明日までなんて、落ち着いて寝てられないよ。
「でも、今行かなきゃ後悔する気がするの」
ゆっくりとそう言うと、綾子の顔も真剣になった。
「麻衣の、勘ね。・・・いいわ、何があったか知らないけど、行ってきなさい。無理はしないようにね」
「ありがと、綾子!だいすき!」
がばっと抱きつくと、綾子の香水のかおりがした。
綺麗な腕があたしの背中をぽんぽん、と軽く叩いてその元気があれば大丈夫ね、と苦笑した。