雨は少しずつ激しくなっていた。
フロントガラスを打つ雫に、まるで攻撃されているようで、少し不安になる。
うなる風に、危険を警告されている気分だ。


そして、この車という密室の、痛いほどの沈黙。
隣に座ってハンドルを握る、美麗な男。
緊張で背筋がぴんとしているのが、自分で分かる。
ちらりとナルを盗み見すると、綺麗な顔立ちに思わず惚れ惚れしてしまった。

まさか、ナルの助手席に座る日が来るなんて思ってもいなかった。
とは言っても、ただ送ってもらうだけなんだけど。
それだけでもあたしの中ではかなりの進歩。
それにさすがは英国紳士(?)、車に乗る時は当たり前のようにドアを開けてくれた。
しかも運転もさすがに上手い。
ナルの珍しいところが見られてちょっぴり嬉しいと思う。
だからこれ以上何かがあるなんて、ちっとも期待していない。

それに今のナルが、すっごく迷惑そうに見えるのは気のせいじゃないと思う。
あたしがドジなばっかりに、なんだか本当に申し訳ないなあ。
あたしが小さく謝ると、ナルは一応気にするな、みたいな事を言ってくれた。
それからまた、静まり返る車内。

「ね、ナルの家ってさ、マンションだっけ?広いの?」
沈黙に耐えかねて、あたしはおずおずとナルに尋ねてみる。
「・・・それなりに」
「ふーん・・・」
って、それなりって。もっと謙遜するとか、他に言葉はないんかい。
という突っ込みもしおらしく飲み込んで。

お世話になってるっていう罪悪感もあるだろうけど、どうも助手席っていうのは落ち着かない。
たぶん、距離が近すぎるんだよなー。
現在のナルとあたしの距離、約20センチ。
これはある意味、幸せすぎるかもしれない。
思わずにやけた頬に両手を当てて抑えていると、ナルが笑った。

え?笑った?
思い違いじゃない、笑ったよこの男。


「な、なに?」
おそるおそる聞いてみると、ナルはちらりとこちらを向いた。
「いつもの麻衣のパターンだな。落ち込んで、前向きになって、浮上する。このパターン」
「そ、そんなに分かっちゃう?」
あたしが慌ててて聞き返すと、ナルは頷くかわりに、少し笑った。
うわ、不意打ちすぎるよ。
ドキドキする。
そんなにあたしを見てくれてたのって、妙な期待をしてしまうじゃないか。

だけど、ときどき思う。
もしあたしが好きだよって言ったら、この人は何て言うだろう。
本当なら今こそその、告白のチャンスだけど。
びっくりするだろうか。
それとも。
冷たい目であたしを見て、要らないと、拒むのだろうか。
そう思うと、背筋がすうっと冷たくなる。


届くようで届かない、20センチの距離。

この手を伸ばせばきっと触れられるのに
今のあたしにはその勇気がないだけ。
冷たいナルの手で、
静かなナルの言葉で、
この気持ちを否定されるのは、分かっているから。
それが今のあたしにとって
いちばん怖いことだから。

だから、今みたいに、特別バカにされてるほうが何十倍もまし。
あたしはきっとどこかで、ナルが受け入れることなんてありえないと分かってるんだ。


「着いたぞ」
ナルの声で、我に返った。