うなる風。ガタガタとゆれる窓。
確実に、台風は近づいている。
今でこんなにひどいのだから、直撃したらどうなっちゃうんだろう。

客間のソファーで一人座りながら、なんだか不安になりはじめた。
嵐の音は、怖い。
なにもかもを、持って行かれてしまいそうで、こわい。


窓の外をぼんやりと見ていると、突然所長室の扉が開いた。

「今日はもう締めるぞ」
上着を羽織りながら、ナルが一言。
ぽかん、として見ていると、
「この状態じゃどの道誰も来ないだろう。帰れなくなるのがオチだ」
と面倒くさそうに説明してくれた。
「あー、そうだよね、うん。帰る準備してくる」
あたしはそう返事をして、受付に置いたカバンを手に取った。
そうかー、帰んなきゃいけないよね。
台風来てるんだから当たり前だけど。
できれば、もうちょっとオフィスに居たいんだけどなー。
だって、家で一人はちょっと心細い。

「まだか」
ナルの声。
「あーごめんごめん!準備完了です、所長」
慌てて返事ををした。
忘れ物はなしっと。


・・・ん?
あたし、今朝手さげ持ってきたよね?
どこやったっけ。

きょろきょろと事務所を見渡したけど、どこにもみあたらない。

「あ!」
急に思い出して、思わず叫んでしまった。
迷惑そうに、ナルがこちらを見る。
「どうしよう、手さげ学校においてきちゃった!」
必至でそう言うと、だから何、みたいな顔で返された。
「あたし、手さげに明日発表する課題入れてたんだった!・・・やばい、学校に一回もどらきゃ」
厳しい先生の授業だから、宿題は絶対。ましてや発表があるもんだから、なおさらいい加減にできない。

学校までは、電車でちょっとかかる。
お金あったかな、と思ってあたしは財布の中身を確認しようとした・・・んだけど。

さらに重大な事実に、気づいてしまった。


「あ!」
あたしが叫ぶとナルは心底迷惑そうに眉間にしわを寄せて振り返った。
「今度はなんだ」
「・・・財布、ない」
「は?」
「手さげのポケットに入れてたんだー!どうしよー、電車乗れないよ!」
今の今まで財布がないことに気づかないなんて自分のアホらしさにちょっぴり泣けてきた。
「どうしてそんな無用心に出来るんだ」
ナルも心底呆れたようにそう聞いてきた。
「だ、だって、朝急いでたんだもん。今日はお弁当だったしお金使わなくて・・・」
そう言うと、ナルはひとつ、ため息をついた。

あーもう。宿題忘れるわ財布はないわ台風はすごいわ、もう、今日は最悪な一日だ。
半泣きであたしは、がっくりとそのままソファーに座り込んだ。
窓の外は、怪しいばかりの暗い空、うなる風。
いっそオフィスに寝泊りさせてもらえないかな、そう思った瞬間だった。


「・・・送る」
その予想も付かなかった言葉に、あたしは少し、呆然としてナルを見た。
ナルは、ため息混じりに諦めたとばかりの表情だった。
「い、いいよ!大丈夫!」
あわてて手を振ってそう言うと、
「この天気でどうやって歩いて帰るんだ」
と最もな、というか当たり前な返事が返ってきた。
うう、でも・・・。
「悪いよー、だってナルの家とあたしの学校って正反対でしょ?」
「仕方が無いだろう」
「で、でも今日、リンさん居ないけど・・・誰が運転するの?車」
「僕が」
え?
「ナル運転できるんだ?」
心底驚いてそう言うと、少し睨まれた。
だ、だってナルが車を運転するんだよ?!似合いすぎてどうしようって感じだよ!
「行くぞ」
そう言ってナルは鞄をとると、さっさと歩いていってしまった。
あたしは慌てて追いかける。

こ、こんなおいしい展開があっていいんだろうか・・・。
というのがあたしの本音。
だけど、ナルはとっても迷惑そうだし、そんなこと考えるのは不謹慎だし、失礼だよなー。


そうして、あたしは恐れ多くも、所長様の助手席に座ることになった。