抱っこしてもらえて嬉しそうなメイちゃんは、
「まま、はやくしないとおむかえバスきちゃうよー!」
と、あたしのほうを見てにこにこしながら言ったのだった。

お迎えバス?
もしかしてあたし死んだのかも・・・。
実はこれは三途の川みたいな世界で、そのお迎えがバス・・・?

「よーちえん!いかなくちゃ!」
まるでツッコミのようなタイミングでメイちゃんが叫ぶ。
幼稚園!?
そ、そっかこの子は幼稚園生なのね。
とは言われても、何をしていいのかさっぱり分からない。
「食事の支度は出来るか?」
ナルに突然そう言われ、あたしはこくこくと頷く。
「8時半に迎えのバスが来るから、それに間に合うように朝食の用意さえしてくれればいい」
そう言うとナルは、メイちゃんを抱いたまま部屋を出ていった。
ようやく部屋に一人になって、あたしは少しほっと胸をなでおろした。
さっきのナルの言葉、気を使ってくれた・・・んだよね?

今の時刻、7時18分。
時間は十分あるかな。
料理は一人暮らしになってから強制的にしなくちゃいけなくなっていたし、たぶん大丈夫。
とりあえず今は着替えなくちゃ。
「えーと、服はクローゼットの中?」
なんだか人のうちを覗いてるみたいで何故か後ろめたい気がする。
クローゼットは隅々まできちんと整理されていた。
下の段には背の低いタンスが二つ。きっとナルとあたしの服が入ってるんだろう。
上段には箱がきっちりと並んでいて、全てに何が入っているか分かるように写真が貼ってあった。
意外とあたし、まめなんだなー。
妙に感心しながら右側のタンスの引き出しを開けてみた。
ビンゴ!あたしのタンスだった。
開けていきなりナルの下着が出てきたらどうしようかと思った。

・・・こほん。
引き出しの中からとりあえず、可愛い小花が描かれたプルオーバーと
イエローのカーディガン、ジーンズを選んだ。


パジャマを脱いだとき、初めて鏡の中の自分を見た。
確かに。
この顔はあたしだ。
だけど鏡の中のあたしは、まるで違う人を見ているような錯覚を起こしてしまうほど、
昨日の自分とはかけ離れているように思えた。
顔や体のラインも肌のハリもなんだか変わってしまってる。
肌は自分の中で唯一の自慢だったのにな。
それから髪も、肩につくくらいの長さになっていた。寝起きでぼさぼさ。
おまけにお腹にばっちり妊娠線、とかいうのがあるのに気づいてしまった。
ちょっと惨めな気分になってきた・・・ナルはあたしなんかのどこがよかったんだろう。
だけどホネッコだった19歳のあたしよりは、少し肉付きもよくなってるな。
これは喜ぶべきことなんだろうか。
それからちょっとだけ、お母さんに雰囲気が似てきてるかも。
そう思うと気持ちが持ち直してきて、あたしは張り切って髪を後ろにまとめた。