苦しい。
視界の左端で、ナルの綺麗な黒い髪がさらさらと揺れた。
ナルの肩越しに見えたのは澄んだ綺麗な空を切り抜く窓と、目に染みるほど青々とした木々たち。
今あたしの背中に回されているのは紛れもなくナルの腕なわけで。
その腕が、驚くほど強く、あたしを拘束していた。
息が苦しい。


それ以上に、胸が苦しい。



「ね、ちょ、ちょっとナル」
どうしちゃったの?!
も、もしかしてまだ熱があるんじゃ?
何がなんだか分からなくなって、ナルの背中をとんとん、と叩く。
その瞬間、深く響く囁きがあたしの耳を掠めた。


『傍にいろ』、と。


頭の中が、真っ白になった。


心が、震えるってこういうことを言うのかな。
全身から力が抜けて、ひざがカクンと落ちてしまった。

空耳なんじゃないだろうか。


「・・・いま、何て言ったの?」
確かめたくてそう聞くと、ナルは少し迷惑そうにあたしを見る。
「その耳は飾り物ですか、谷山さん」
またキツイ言葉をナルは返してきたけど、この際そんなこと気にしてなんかいられない。
「うそ、だって」

あたし、振られるとばかり、思ってたから。

「ほんとに…?いいの?」
「あたし、ナルを好きでもいい?」

何かが外れてしまったかのように
ぽろぽろと、涙があふれてくる。
ナルはあたしを見て、少し困ったように笑った。

あの人の笑い方よりもちょっと不器用で、でも優しい顔で。
こういう風にも、笑うんだ。

夢じゃない。


「あのね、ナルが好きなの」
「好きなんだよ?」


何度も、何度も。
確認しては
涙でにじんでしまうナルの顔を見上げた。

「ああ」
たった一言ナルは呟いて
また口を開こうとしたあたしの顎を綺麗な指ですくう。
まっすぐ向けられたナルの瞳に、圧倒されてあたしは言葉を呑んだ。
ナルはいつもこうやってあたしの心の奥を見透かしている気がする。
刺すような視線が、痛い。だけど、魔法が掛かったようにそらせない。


もう一度、背中に回された腕がとても温かくて。
また少し、涙が出た。

ナルの冷たい手が頬に触れる。
これから何が起きるのか、予測して
あたしは少し緊張しながら、そっと瞳を閉じた。








fin...



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